
家紋のデザイン解説書
『紋の辞典』(波戸場承龍/波戸場耀次著)は、家紋について、デザインと意味(由来や背景)の2つの視点で解説する本です。
著者の波戸場承龍さん・耀次さん親子は、着物に家紋を手で描き入れる職人「紋章上繪師」であり、その技法をデザインにも応用する職人兼デザイナー。
親子2人でデザイン会社「誂処 京源」を立ち上げて、活動しています。

円と線で描く
そんなお二人による著作『紋の辞典』は、家紋が円と線で描かれていることに着目して、その作図過程を明らかにしているのが特徴です。
たとえば、「左三つ巴」の紋であれば、円10個の組み合わせで描かれています。

本書では、紋に使用している円と線の数が少ないものから順番に、円2つで描ける「日月」から、2,107個の円で描く「鳳凰の丸」まで、142の紋を解説しています。
その全てに目を通すと、どんなに込み入った図案も円と線の組み合わせで描けることがわかります。
真味を増す、北斎の言葉
万物はつまるところ方と円に尽きる。
読み進めるに従って、本書の「はじめに」に出てくる葛飾北斎のこの言葉が真味を増していきました。
方とは「四角=線」のことで、どんなに複雑に見える図象も、分解していけば、最終的に線と円が残るという意味の言葉です。
モチーフの魅力
円と線の組み合わせで様々な図案が生まれることへの感動に加え、紋のモチーフ選びにも別の驚きがありました。
特に印象深かったのが、「隅切り鉄砲角」です。

「隅切り鉄砲角」は、戦国時代の鉄砲に由来し、「勝利に導くもの=戦勝祈願」の象徴として家紋になりました。
その鉄砲を、銃身を描かずに、銃口をモチーフに八角形(8本の線)と円だけで表現している点に、美しさを感じました。
モチーフに関しては、本書収録のコラム「日本の家紋と西洋の紋章の違い」に、以下の記述があります。
西洋の紋章は一つの枠の中に多数のモチーフを組み合わせて描くのですが、日本の家紋はモチーフを一つないし二つ程度におさえて描きます。
紋の魅力は、表現する対象との向き合い方にあります。
何を描いて、何を描かないのか。円と線による制約、モチーフの数の制約によって、物の見方が研ぎ澄まされています。
『紋の辞典』は、ロゴやアイコンのデザイン、イラストレーションのヒントが得られる本です。
著者

櫻田潤
インフォメーション・デザイナー
ミッションは、情報のデザインを通じて、社会の変革を支援すること。