ジョージ・フロイド事件から生まれた作品
絵画、彫刻、インスタレーションなどを通じて、社会の構造や人種差別に人々の目を向ける作品をつくっている現代アーティストのタイタス・カファーさんを紹介します。

カファーさんは、1976年ミシガン州カラマズー生まれ。イェール・スクール・オブ・アートで美術学士を取得して、コネチカット州ニューヘイブンを拠点に活動しています。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)やブルックリン美術館などに作品が収蔵されていて、2018年には、天才賞(Genius Grant)とも言われる「マッカーサー賞」に選ばれています。
自身がアーティストとして創作活動をするだけでなく、アーティストやアートの専門家を育てるためのインキュベーター「NXTHVN」を立ち上げている起業家でもあります。
そんなカファーさんの作品のひとつが、今年6月にTIME誌の表紙を飾った作品で、ジョージ・フロイドさん死亡事件を背景としています。

首を抑えつけられながら、ジョージ・フロイドさんは「ママ、ママ、……息ができない。(Mama, Mama, I can’t breathe)」と声を絞り出しました。
TIME誌の表紙では、白く切り取られた子どもを抱える黒人女性が描かれています。この絵の母親は、ジョージ・フロイドさんに象徴される、失われた命、守れなかった命を、いまもしっかりと抱きしめ続けているようです。
母親は目を閉じ、眉間にシワを寄せていて、喪失感や悲しみ、諦め、怒り、抑制といった様々な感情を含んだ表情を見せています。
また、茶色と青で描き分けられた右手と左手は、色環上では反対に位置する補色の関係にあります。補色は調和を生む色の組み合わせでもあります。相反する感情を2色で表現しながらも、同時になんとか気持ちを落ち着かせようとしている様子を表しているように見えます。

一方、作品タイトルは『Analogous Colors(類似色)』となっていて、これは隣り合う近い2、3色を示す概念で、類似色も補色同様、調和がとれる色の組み合わせとして知られています。

TIME誌の表紙の作品は、人種問題を色で暗示して、社会の調和には「補色による調和」と「類似色による調和」という2つのアプローチがあるよと言っているように感じました。
公共の場に展示された「不公平」
2017年のTEDトーク『アートで歴史を捉え直せるか?(原題:Can art amend history?)』を見ると、カファーさんがどんなことに問題意識を持っているのかが、わかります。
トークの冒頭で、カファーさんは、子どもとアメリカ自然史博物館に行った時のことを話しています。入り口には、ルーズベルト元大統領が馬に乗る彫像があって、その左右には馬を曳くネイティブ・アメリカンとアフリカ系アメリカ人の男性の姿があります。

この彫像を見て、子どもが「あの人だけ馬に乗っていて、どうして2人は歩いているの? 不公平だよね」と言ったことで、カファーさんは公共の場所にあるアートを手直しする方法はないのかと考えるようになりました。

そうやって生まれたのが、すでにある作品のレプリカに手を加えるというアプローチです。
カファーさんは、舞台に17世紀の画家フランス・ハルス作『風景の中の家族(Family Group in a Landscape)』のレプリカを用意していました。

メインに描かれているのは、裕福そうな家族で、その隙間にひっそりと描かれた黒人男性がいます。こうした配置が社会の構造を示していて、絵画や彫像を通じて知らずに人々に刷り込まれているのではないかと問題提起します。

そこで、カファーさんはそのレプリカに手を加えて、黒人男性に注目が集まるようにしました。

そうすることで、過去の困難の歴史と、多様性が認められるようになってきた現在とにつながりが生まれ、社会の変化を物語る作品へと生まれ変わります。

カファーさんは、過去を消し去るのではなく、手直しするのがいいと言います。アメリカ合衆国憲法は修正が必要になったら、古い条項を消すのではなく、修正条項を追加します。
このアプローチの良いところとして、「過去はこうなっていたけれど、現在はこうだ」と示すことで、いまどこへ向かおうとしているのかが理解できるようになると述べています。
そう言われてみると、TIME誌のカバー作も、子どもがいた時といなくなった時という時間軸が作品の中にあることに気がつきます。
過去と現在を一枚の絵で表現しているところが、『風景の中の家族』に手を加えた作品──タイトルは『視線の移動(Shifting the Gaze)』と名付けられた──と同じです。
カファーさんのTEDトーク(13分)
TEDの内容をまとめたスケッチノート

歴史の本質とは
カファーさんのことは、TEDで興味を持って、どんな人か調べているうちに、TIME誌の表紙にたどり着きました。
TIME誌は2014年にもカファーさんを取り上げていて、その時は、ファーガソン事件(白人警官が18歳の黒人青年を射殺した事件)を題材にした作品の制作風景をドキュメンタリー映像にしています。

この絵のタイトルは『追憶のための別の戦い(原題:Yet Another Fight for Remembrance)』で、戦いが今も続いていることを表しています。
村上春樹さんがお父さんについて綴った作品『猫を棄てる』の中に、「歴史」とは部分的に過去の体験・出来事を継承していくものだという文章があり、読んでいる時にカファーさんの作品を思い浮かべました。
いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。
ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。
言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを──現代の用語を借りればトラウマを──息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。
その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。
『猫を棄てる』(村上春樹著)
もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?
歴史の本質は、引き継ぎにある。この捉え方はカファーさんの歴史観に通じると思いました。
なお、カファーさんのアプローチとは裏腹に、ジョージ・フロイド事件以降の反人種差別運動の拡がりを承けて、アメリカ自然史博物館は6月21日、ルースベルト像を撤去すると発表しています。
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運営

櫻田潤
インフォメーション・デザイナー
インフォグラフィック専門のコンテンツレーベル「ビジュアルシンキング」運営。📚著書『たのしいインフォグラフィック入門』他